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仙台高等裁判所 昭和33年(ネ)650号 判決

控訴人(原告) 東洋鉱業開発株式会社

被控訴人(被告) 山形県東南村山地方事務所長 外二名

原審 山形地方昭和二九年(行)第三号(例集九巻一二号219参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴会社は適式なる呼出をうけたのに拘わらず、当審における最初になすべき口頭弁論期日に出頭しなかつたので、その提出に係る控訴状と題する書面の記載を陳述したものと看做したところ、控訴の趣旨は、「原判決を取り消す。(一)、(第一次請求として)、被控訴人山形県東南村山地事務所長高橋敏夫が昭和二九年二月三日控訴人所有の仙台通商産業局採堀登録番号第三四三号山形県東村山郡山寺地内金銀銅鉱六、六六五アール採堀(以下本件鉱業権という)につき訴外藤井福夫になした売却処分は無効であることを確認する。(第二次請求として)、右売却処分を取り消す。(二)、被控訴人藤井和子は仙台通商産業局昭和二九年二月六日受付番号第六四六号取得者藤井福夫等なる旨の本件鉱業権取得登録の抹消登録手続をせよ。(三)、被控訴人藤井和子及び被控訴人第一鉱業株式会社は仙台通商産業局昭和三一年一〇月九日受付第三二二九号取得者第一鉱業株式会社等なる旨の本件鉱業権取得登録の抹消登録手続をせよ。(四)、被控訴人藤井和子及び被控訴人第一鉱業株式会社は控訴人に対し右鉱区を引渡せ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めるというに在り、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は、すべて原判決の事実並びに証拠の摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一、被控訴人山形県東南村山地方事務所長に対する請求について。

山形県東村山郡山寺地内に存する金銀銅鉱六、六六五アールを鉱区とする採堀権(仙台通商産業局採堀登録番号第三四三号、以下本件鉱業権という)がもと控訴会社の所有であつたこと、被控訴人山形県東南村山地方事務所長(当時高橋敏夫、以下単に被控訴事務所長という)が、控訴会社において昭和二六年度の右鉱区に対する鉱区税など一三、二〇九円(本税一二、一二〇円延滞金など一、〇八九円)を滞納したので、その滞納処分として昭和二七年四月一一日本件鉱業権を差押え(第一次差押)、次いで昭和二八年一二月一五日右二六年度鉱区税の延滞金など及び昭和二七年度、昭和二八年度の各鉱区税の本税並びに延滞金など合計金二九、三七〇円につき更に本件鉱業権を差押えたこと(第二次差押)、被控訴事務所長が昭和二九年一月二二日随意契約により本件鉱業権を訴外藤井福夫に対し代金三〇、〇〇〇円を以て売却処分をしたこと、及び控訴会社が同年三月八日被控訴事務所長に対し右売却処分につき異議の申立をしたが、被控訴事務所長において右異議を却下する旨の決定をなし、その決定書が同月三〇日控訴会社に送達されたことは、当事者間に争がない。

そこで右売却処分につき、控訴会社主張の如き瑕疵があるかどうかについて順次判断する。

(一)、前記第一次差押の前提たる督促状の送達について。

原審証人小笠原正男の証言(第一回)により成立を認め得る乙第一号証の二、三、乙第二、第三号証、乙第四号証の一、成立に争のない甲第一三号証、甲第一四号証の二、三(甲第一四号証の三は特殊郵便物受領証の部分のみ)の各記載に弁論の全趣旨を綜合すると控訴会社の本店は、遅くとも昭和二三年頃から大阪市東区伏見町一丁目三番地として登記せられ現在に至つていることが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はなく、右乙第三号証、原審証人小笠原正男の証言(第二回)により成立を認め得る乙第一一号証の一、二の各記載並びに原審証人小笠原正男の証言(第一、二回)を綜合すると、控訴会社は本件鉱区についての昭和二六年度の鉱区税一二、一二〇円を滞納したので、被控訴事務所長は昭和二六年一一月一七日右本店宛に控会社訴に対し右滞納税金の徴税令書を郵便に付して発送したが、右令書に指定された納期限である同年一二月一〇日までに右税金の納付がなかつたため、同年一二月二四日右本店に宛て右鉱区税の督促状を郵便に付して発送したことを認め得る。控訴会社は右督促状は控訴会社に到達しなかつたと主張し、原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果中には右主張事実に副うような部分が存するけれども、右部分は後記認定事実に照し措信し難くその他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて

(1)、原審証人小笠原正男の証言(第一、二回)によれば、右本店宛に発送された前記各郵便がいずれも発信者たる被控訴事務所に返送されなかつたこと、

(2)、成立に争のない乙第一〇号証の一、二の記載、原審証人小笠原正男の証言(第二回)、原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果を綜合すると、被控訴事務所長は昭和二七年一一月一九日右本店宛に昭和二七年分鉱区税につき控訴会社に対し徴税令書を郵便に付して発送したところ、控訴会社はその頃右郵便を受領していること、

(3)、成立に争のない甲第一号証の二、三、甲第四号証、乙第六号証の一の各記載、原審証人小笠原正男の証言(第一、二回)並びに原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果を綜合すると、控訴会社は昭和二八年一〇月六日昭和二七年度鉱区税として金一二、一二〇円を書留郵便に付して被控訴事務所宛に発送したが、右郵便は同日午後〇時から午後六時までの間に大阪市内の北浜郵便局において受付けられたところ、同月八日被控訴事務所に到達したこと、

がそれぞれ認め得られ、右認定に反する証拠はなく、右(1)ないし(3)の各事実を綜合して考えると、前記督促状の郵便は遅くとも昭和二六年一二月二六日には控訴会社に到達したものと断定するに難くないところであつて、前記措信しない証拠のほかには右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、前記第一次差押の前提として被控訴事務所長は昭和二六年一二月二四日控訴会社に対し督促状を発付し、右督促状は遅くとも同月二六日までに控訴会社に到達したことが明らかである。控訴会社のこの点に関する主張は採用しがたい。

(二)、右督促状に指定された納付期限について。

右督促状において、督促に因る納付のための期限を昭和二六年一二月三一日と指定されていたことは当事者間に争がなく、右督促状が控訴会社宛に発送された日が同月二四日であることは前記認定のとおりであるから、右督促状発送の日から右指定の納付期限までの期間が八日間であることは控訴会社主張のとおりである。控訴会社は、督促状により指定すべき納付期限は国税徴収法第九条に則り督促状を発する日から起算して一〇日以上経過した日なることを要し右の如く前記督促状発送の日から起算し八日目の日を納付期限と指定したのは違法であると主張するが、地方税法第一九八条第二項には「道府県の徴税吏員は、当該道府県の条例で定める期間内において、督促に因る納付のための相当の期限を指定しなければならない」と、また同法第二〇〇条第一項には「第一九八条の規定による督促を受けた者が督促状の指定期限までに鉱区税に係る地方団体の徴収金を完納しない場合又は……云々の場合においては、道府県の徴税吏員は、当該道府県の条例で定める期限までに、国税徴収法の規定による滞納処分の例によつて、これを処分しなければならない」と、それぞれ特に明言しているところからして地方税たる鉱区税の強制換価手続については国税徴収法第一〇条以下の規定に定める滞納処分の例によるべきであるが、右強制換価手続の前提としてなされる督促状の発付並びに督促状に指定すべき納付期限などについては国税徴収法第九条の規定は、その準用がなく地方税法の規定が適用されるものと解すべきであるから、前記督促状になされた納付期限の指定が国税徴収法第九条の規定に違反するとなす控訴会社の主張は採用できない。しかして山形県税条例(昭和二五年八月三一日公布山形県条例第四六号)によれば、その第一六条第二項には「前項の督促状に指定すべき期限は、その発付の日から一五日以内とする」と規定されているから、右規定と前記地方税法第一九八条第二項の規定の趣旨からすれば、前記督促状に指定すべき納付期限は右督促状を発送する日から起算して一五日以内の相当な期限であればよい訳である。ところで、昭和二六年度の本件鉱区税の額が金一二、一二〇円であり、且つ右督促状が遅くとも昭和二六年一二月二六日までには控訴会社に送達あつた事実に照せば、前記督促状に指定された納付期限は必ずしも短かきに失する不相当の期限であるとは到底なし難く、また仮りに相当でないとするも、本件鉱業権の売却処分は前記の如く昭和二九年一月二二日に至りなされたのであるから、右の違法は右売却処分の無効もしくは取消の原因たる瑕疵とはなし難い。

(三)、鉱区税の充当を違法とする主張について。

控訴会社が昭和二八年一〇月六日被控訴事務所長に対し昭和二七年度分の鉱区税として金一二、一二〇円を送金したところ、被控訴事務所長があらかじめ控訴会社の同意をうることなく、右金員を昭和二六年度分鉱区税(本税)に充当したことは当事者間に争がない。被控訴事務所長は、控訴会社納付に係る前記一二、一二〇円を右の如く昭和二六年度分の滞納鉱区税に充当した旨を控訴会社に通知したが、控訴会社において当時右の措置に対しなんらの異議を申し出なかつたと主張し、原審証人小笠原正男の証言(第一回)には、当時東南村山地方事務所の税務課主事であつた小笠原正男は甲第四号証の書面を以て控訴会社に対し右の措置を通知したとの供述部分があるが、その甲第四号証にはなんらかかる趣旨の記載がなく、またその他に被控訴事務所長において控訴会社に対し右の措置を通告したことを認めるに足る証拠はない。しかして納税者たる控訴会社が前記の如く特に昭和二七年度分鉱区税と指定して税金の納付をして来た場合には、被控訴事務所長は昭和二七年度分鉱区税に対する納付として処置すべきで、控訴会社の同意を得ることなく、これを昭和二六年度分鉱区税に充当したことは妥当ではないといわねばならない。しかし、右送金のあつた昭和二八年一〇月六日当時、控訴会社が昭和二六年度分鉱区税を滞納しており、被控訴事務所長において右滞納税金徴収のため滞納処分手続として本件鉱業権につき差押処分をしていたことは前記のとおりであるから、被控訴事務所長が前記の如き充当の措置をとつたからといつて、これにより控訴会社において不利益を受けるということは考えられないところであり、また控訴会社において不利益をうけたと認むべき証拠もない。のみならず、本件鉱業権の売却処分は後記の如く結局昭和二六年度分ないし昭和二八年度分の本件鉱区に関する鉱区税などの滞納処分としてなされたのであるから、前記充当の手違いは右売却処分の無効または取消の事由となすに足らないと解するのが相当である。

(四)、前記第二次差押を違法とする主張について。

被控訴事務所長が昭和二七年四月一一日昭和二六年度の鉱区税一三、二〇九円(本税一二、一二〇円、延滞金など一、〇八九円)の滞納処分として本件鉱業権を差押え(第一次差押)、次いで昭和二八年一二月一五日右二六年度延滞金など及び昭和二七年度、昭和二八年度の各鉱区税(本税及び延滞金など)の合計金二九、三七〇円につき更に本件鉱業権を差押え(第二次差押)たことは、前記のとおりであつて、被控訴事務所長が控訴会社から送金納付あつた前記一二、一二〇円を右昭和二六年度鉱区税に充当したが、右延滞金など一、〇八九円がなお未納であつたため、右第一次差押を解除することなく右第二次差押をしたことは当事者間に争がない。そして成立に争のない甲第七号証、甲第八号証の一、二、甲第九号証、原審証人小笠原正男の証言(第一回)により成立を認め得る乙八号証の各記載を綜合すると、右第二次差押は、昭和二六年度分延滞金など三、二〇〇円(差押の日までの延滞金二、五九〇円、同延滞加算金六〇〇円、督促手数料一〇円)、昭和二七年度鉱区税など一二、四一〇円(本税一二、一二〇円、差押の日までの延滞金二一〇円、同延滞加算金七〇円、督促手数料一〇円)、昭和二八年度鉱区税など一二、四一〇円(本税一二、一二〇円、差押の日までの延滞金二一〇円、同延滞加算金七〇円、督促手数料一〇円)、以上合計二八、〇二〇円に対する滞納処分としてなされたことが明らかで、右認定を動かすに足る証拠はない。

そこで、収税官吏が滞納処分として同一鉱業権につき右の如く二重の差押をすることは違法であるかどうかについて判断する。地方税法にもまた同法第二〇〇条第一項の規定により鉱区税に係る地方団体の徴収金の滞納処分に準用される国税徴収法にも別段の規定がないけれども、国税徴収法第一九条、同法施行規則第二九条、地方税法第二〇三条などの各規定からして、一つの徴税機関がすでに滞納処分として差し押えた鉱業権につき、他の徴税機関が更に滞納処分として差押をすることは許されないとの解釈が成り立たないでもないが、国税徴収法施行規則第二九条が納税人において国税の滞納もしくは地方税その他の公課の滞納により滞納処分をうけたときは、収税官吏は当該行政機関に滞納処分費及び滞納税金の交付を求めなければならないとの趣旨を規定し、また地方税法第二〇三条においてもこれと同趣旨の規定が設けられたのは、納税者に属する一個の財産につき別個の機関により二個の滞納処分による公売手続の行われることを回避するための法意と見られ、また右各規定による交付要求については、民事訴訟法第五八七条、第六四五条第二項、第七〇八条などの如き規定がないので、すでになされた差押が無効、取消もしくは解除となつた場合には、交付要求はその効力を失い、民事訴訟法に定める照査手続又は記録添付におけるような差押の効力を有するには至らないのであるから、一の徴税機関によりすでに差押えられた鉱業権に対しても他の徴税機関において更に滞納処分として重ねて差押をなしおく必要性は多分に存するのであつて、これらのことを考えれば、地方税法及び同法により準用すべき国税徴収法などに特別の禁止規定がない以上、すでに滞納処分により差押えられた鉱業権に対し他の徴税機関が二重差押をなすこと自体は、なんら違法ではないと解すべきである。(ただ、二重差押をした徴税機関において爾後の公売手続などを進め得ないことは解釈上疑がない)。ところで、本件のように、同一の徴税機関が或る年度分の滞納税金につき差押えた鉱業権を、更に他の年度分の滞納税金に対する滞納処分として重ねて差押えることが許されるかどうかについては、国税徴収法にもまた地方税法にも別段の定めがなされていないので疑義の存するところではあるが、このような場合においても、前段説示の理由から推して後者の差押自体は許されるものと解するのが相当である。したがつて、被控訴事務所長が前記第一次差押を解除することなく、前記の如く第二次差押をなしたことは違法ではないとなすべきである。また控訴会社の主張する如く、右第二次差押の基本となつた滞納税金などのうち前記昭和二六年度分延滞金など三、二〇〇円の中に、第一次差押に係る滞納税金などの未納部分(前記認定の一、〇八九円)が包含されているとしても、前記認定のとおり昭和二七年度及び昭和二八年度の滞納税金などが存する以上、第二次差押が無効となるいわれはないというべきである。

しかして、原審証人小笠原正男の証言(第一、二回)、右証言(第一回)により成立を認め得る乙第五号証の一ないし七、乙第八号証の各記載を綜合すると、被控訴事務所長は前記第一次差押を基礎として本件鉱業権につき公売手続を施行し、その結果本件鉱業権を前記の如く随意契約により売却したことを認めるに十分であつて、甲第九号証は右認定の妨げとなすに足らず、その他に右認定を動かすに足る証拠はない。控訴会社は右売却処分は第二次差押に基づいてなされたものであると主張するが、右甲第九号証だけではこれを肯認するに足らず、その他に右主張事実を認めて前記認定を覆えすに足る証拠はない。したがつて、控訴会社のこの点の主張は採用できない。

(五)、第二次差押についての差押調書の作成とその謄本の送達について。

成立に争のない甲第八号証の一、二(いずれも原本とその写真)の記載によれば、当時の山形県東南村山地方事務所長山形県事務吏員主事長岡万治郎が右第二次差押につき差押調書(甲第八号証の一、二)を作成している。もつとも右差押調書にはその作成の日時が昭和二九年一二月一五日と記載せられているが、原審証人小笠原正男の証言(第二回)及び原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果を綜合すると、右甲第八号証の一、二の写真は、控訴会社の代表取締役石井忠治が昭和二九年三月中旬頃東南村山地方事務所において同事務所主事小笠原正男から右差押調書の原本を見せてもらつた際撮影したものに係ることが明らかで、この事実に徴すると、右差押調書の作成日時欄の昭和二九年一二月一五日の記載部分は、昭和二八年一二月一五日の誤記と認め得られるから、右差押調書は第二次差押のなされた昭和二八年一二月一五日に作成されたものと断定できる。かりに右差押調書が第二次差押の当時に作成されなかつたとするも、鉱業権の差押においては、差押調書の作成は差押の事実を記録証明するためのものであつて差押をなす手続要件すなわち差押処分の効力発生要件ではないと解すべきであるから、右第二次差押の効力になんら消長を及ぼさないというべきである。また、鉱業権の差押の場合には、滞納者に対し差押調書の謄本を交付する必要のないことは国税徴収法施行規則第一六条第三項の規定から明らかであるから、前記差押調書の謄本が控訴会社に送達されなかつたとしても、なんら違法ではない。

(六)、随意契約についての公告手続の要否について。

原審証人小笠原正男の証言(第一回)により成立を認め得る乙第五号証の一ないし八の各記載、原審証人小笠原正男の証言(第一、二回)を綜合すると、被控訴事務所長は昭和二七年四月二八日、昭和二八年二月二三日、同年三月二五日及び昭和二九年一月二二日の四回に亘り、いずれも正規の手続に則り本件鉱業権につき公売手続を施行したが、いずれも買受人がなかつたので、昭和二九年一月二二日の公売手続施行後同日随意契約により右公売における見積価格三〇、〇〇〇円を以て本件鉱業権を訴外藤井福夫に売却処分したことが認め得られ、右に反する証拠はない。右の事実によれば、本件鉱業権の売却処分は、国税徴収法第二五条第二項の規定に基づいてなされたことが明らかであるところ、右第二五条の随意契約による売却については、公告をなすことを要する旨の法令の規定はなんら存しないから、随意契約による売却処分を施行するに当り予めその公告をすることは必ずしもこれを必要とするものではないと解するのが相当である。したがつて本件随意契約による本件鉱業権の売却処分が、その公告を欠いている故に違法であるとする控訴会社の主張は、その公告手続の事実の有無につき判断するまでもなく失当である。

(七)、本件鉱業権の売却処分は不当に低廉な価格でなされたとの主張について。

本件鉱業権は金三〇、〇〇〇円で随意契約により売却処分されたことは、前記のとおりである。控訴会社は本件鉱業権は三〇〇万円以上の価額があると主張するを以て按ずるに、甲第五号証の記載、原審証人二宮謙三、原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果中には右主張事実に副うような部分が存するが、右部分はいずれも後記認定事実に照し措信し難く、その他に右主張事実を肯認せしめるに足る証拠はない。却つて、

(1)、前記乙第八号証、成立に争のない甲第六号証の各記載、原審証人小笠原正男(第一回)、後藤藤五郎、佐々木作次郎、横山英夫、丹羽定吉の各証言、原審における控訴会社代表者石井忠治本人尋問の結果を綜合すると、控訴会社は昭和一七年四月頃本件鉱区の試堀権を訴外小野長松から買いうけ、次いで昭和二六年九月一八日採堀権(本件鉱業権)設定の許可を得たものであるところ、昭和一九年頃までは本件鉱区において採堀事業を行つたが、昭和二〇年頃からは全く採堀をなさず、休山として放置していたもので、抗道は水没したり潰れたりしていて中に入れない状態で甚だしく荒廃していたこと、及び控訴会社は本件鉱区に対する昭和二一年度以降の鉱区税附加税(当時村税、昭和二一年度、昭和二二年度及び昭和二四年度の三年度分で合計九、八〇八円)すら滞納していたこと、

(2)、原審証人横山英夫の証言によれば、同証人は山形県鉱業課に技師として勤務しているものであるところ、上司の命により昭和二六年七月頃本件鉱区の調査をしたが、その調査の結果は本件鉱区は企業の対象となり得ないということに帰着したこと、及び同人は昭和二七年頃山形県東南村山地方事務所から本件鉱区の公売のための価格の評価を依頼され、その頃本件鉱区を相当詳細に調査したが、その結果は前回のとおり本件鉱区は到底企業として採算がとれないもので、その価格は零に等しかつたけれども、現地に採堀に係る鉱石約六屯が存在していたので、これを勘案し本件鉱区の価格を金三〇、〇〇〇円と評価して右事務所に報告したこと、

(3)、原審証人丹羽定吉の証言(一部)によれば、本件鉱区は探鉱しなければその確定鉱量をつかみ得ず、相当巨額の投資をすれば、あるいは企業として採算が成り立つかも知れぬという程度のものであること、

(4)、原審証人後藤藤五郎の証言によれば、前記随意契約により本件鉱区を買いうけた訴外藤井福夫は、その後本件鉱区から採堀して一貨車位の鉱石を他に出しただけであること、

がそれぞれ認め得られ、右各事実に、前記に認定した本件鉱区につき前後四回に亘り公売が行われたのに買受人がなかつた事実を綜合して考えると、前記売却価格三〇、〇〇〇円は決して著しく低廉に失するものであるとは認められないところである。前記措信しない各証拠のほかには、右認定を覆えすに足る証拠はなく、原審証人丹羽定吉の証言は右認定の妨げとなすに足らない。

次に控訴会社は、本件鉱区には当時時価三〇、〇〇〇円相当の鉱石が存していたところ、被控訴事務所長が右鉱石を差押え公売することなく、本件鉱業権を差押え売却したのは違法であると主張し、昭和二七年頃本件鉱区に採堀に係る鉱石約六屯が存していたことは原審証人横山英夫の証言により認め得るところであるが、同証人は一方で右鉱石を約六屯で三〇、〇〇〇円である旨の証言をしているが、一方では本件鉱区から採堀される鉱石は一屯で二千二、三百円にしかならぬと証言しており、その証言全体から見ると、その後者の方が正確と認められるので、右鉱石が三〇、〇〇〇円であるとの部分はたやすく措信し難いところであるから、右鉱石の当時の価格は金一三、八〇〇円を出なかつたものと認め得べく、他に右鉱石の価格が控訴会社主張の如く金三〇、〇〇〇円であつたことを認めるに足る証拠はない。国税徴収法その他の関係法令には特に除外した物件のほか差押財産の種類若しくは順序につき制限を設けた規定はないから、滞納者の財産のうち如何なる財産を差押え公売するかは、収税官吏の自由裁量に任されているものと解するのが相当であるのみならず、被控訴事務所長が右鉱石の存在を知りながら、これを差し押えないで、殊更に本件鉱業権を差押え公売したことを認めるに足る証拠もない。また右鉱石を差押え公売するについては、その保管などのため相当の費用を要する事情にあつたことも、前記横山英夫の証言から容易に推測し得るところである。したがつて、被控訴事務所長が右鉱石を差し措いて本件鉱業権を差押え、これを前記の如く売却処分したことを以て違法の処置であるとはなし難い。

以上の如く、被控訴事務所長のなした本件鉱業権の売却処分には控訴会社主張の如き無効もしくは取消の事由となすべき瑕疵は存しないから、これあることを前提として右売却処分の無効なることの確認もしくはその取消を求める控訴会社の請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

第二、被控訴人藤井和子、同第一鉱業株式会社に対する請求について、

(一)、当裁判所も原判決と同一の理由により右被控訴人らの本案前の抗弁は失当であると判断するから、原判決のこの点に関する理由摘示をここに引用する。

(二)、本案について。控訴会社の被控訴事務所長に対する請求の理由のないことは前記のとおりであるから、右請求の理由あることを前提とする被控訴人藤井和子及び被控訴人第一鉱業株式会社に対する控訴会社の請求は、いずれもその理由がないことに帰するを以て棄却を免れない。

以上の次第で、控訴会社の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、右と同趣旨にでた原判決は相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 上野正秋 兼築義春)

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